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新たな年の始まり・・by 泉

自分自身を生きていく

新年あけましておめでとうございます。佐藤泉です。
2021年、新しい年が幕を開けました。
今年はとても寒い年末年始となっていますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

アースカレッジでは、年末に行われた3daysセミナーの余韻を残した日々が続いています。
私はセミナー後、時間さえあれば自宅の片付けをしていました。
伊藤先生はいつも、家のエネルギーには、住んでいる人のカルマパターンが見事に顕れているということを教えて下さいます。我が家もその通りで、3年前から住んでいる今の部屋には徐々に物が増え、とても雑然としていました。

しかしセミナーを経て帰宅すると、エネルギーが滞っている部分が今まで以上に気持ち悪く感じるようになり、こまめにあちこちを片付けるようになりました。そして、スペースが空いた部分にお気に入りのクリスタルを置いたりすることで、部屋のエネルギーがすっと軽くなっていくのを感じています。
3daysセミナーで伊藤先生に教えて頂いたことを継続的に行い、今年はよりエネルギー状態にセンサーを張れるようになりたいと思っています。

改めて振り返ると、私が当時のリラ・アカデミーを訪れ伊藤先生に初めてお会いしてから、今年の9月で15年目に入ります。
私がこの長い年月をかけて少しずつ自己愛を育んで来れたのは、先生に教え導いて頂いたことでしかありません。

3ヶ月もの入院を要するうつ病を経験した私ですが、伊藤先生が絶対に諦めないことを教えて下さったおかげで取り組みを継続することが出来、今では心身の不調を来す事はほとんどなくなりました。
また、何気ない日常のなかに喜びや幸せを感じる時、先生にお会いしなければ子供達がこの世にさえ存在していなかったのだという事を思い、先生への感謝の気持ちでいっぱいになります。

私は認定ティーチャーではありますが、当然ながら課題が山積みです。
今年もおそらく、少し進んでは足がすくみ、カルマの沼に足を取られては転び、気力が出なくなったり、自分の愚かさに打ちのめされて落ち込むことも多々あると思います。
でも私は、今までもそうだったように立ち上がり、伊藤先生に対してハートを開き続け、魂の望む方向に自分を生きることを選択していきたいと思っています。

そして、伊藤先生のライブセミナーやこのあ~スカblogを通じて、たくさんの方々にお会いすることを楽しみにしています。

今年が皆さんにとって良い年になりますように。
本年もどうぞ、宜しくお願いします。

  初日の出

今年の初日の出です。

 佐藤 泉
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今年最後の日に・・by 泉

1年間ありがとうございました

こんにちは、コース生専任認定ティーチャーの佐藤 泉です。
2020年も残りわずかとなりました。
皆さんきっと今頃、それぞれにこの1年間を振り返っているのではないでしょうか。

アースカレッジでは、12月に伊藤先生が直接ご指導をして下さる毎年恒例の3daysセミナーが開催され、今年はペンジュラムを中心としたサイキックワークを集中して学びました( → セミナーの様子はこちら )。
参加者たちは、伊藤先生が作り出されるエネルギーフィールドのなか、エネルギーワークで自身のハイアーセルフと深く繋がり、手にしたペンジュラムをスピリットの意思を貫くための聖なるツールとした新たな扉を開けました。
3日間で新しい自分と出逢ったり、人との繋がりや安心感を得たり、また新たに浮彫りとなった課題と直面したりしながら、それぞれの思いを胸に過ごしています。

2020年は、さまざまなことが大きく変化した年でした。
私自身は、約1年前に伊藤先生から任命していただきコース生専任認定ティーチャーに就任し、あ~スカblogの運営もさせて頂いてきました。
成長できた部分もありましたが、自分の未熟さに打ちのめされることも多々ありました。
また新たなチャレンジに踏み出すなど、目まぐるしい1年だったことを振り返り、改めてカルマ清算の道の厳しさを痛感しています。

来年も伊藤先生のもとに集うたくさんの方達が、魂の望みを思い出しブループリントに沿った生き方が出来るように、またカルマではなく愛を選択していけるように、私自身まだまだ本当に未熟ですが、伊藤先生のご指導のもと、精一杯つとめさせていただきたいと思っています。

1年間本当にありがとうございました。
皆さん、どうぞ良いお年をお迎えください。

佐藤 泉
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親としての在り方 ・・ by 泉

ともに乗り越えて行く

こんにちは、泉です。
前回の記事(→「娘の登校しぶり」)では、当時、小学校3年生になったタイミングで転校した私の娘が、3ヶ月後に登校しぶりになった事を、伊藤先生にご相談した事を紹介しました。今日はその際に、先生が親としての在り方や子供と対する時のスタンスについてお話し下さった、とても大きく私の心に残っていることを書きたいと思います。

先生は、私と一緒の登校に慣れてきた娘に対して、私が「今日は一人で行ってね」と、突き放すエネルギーで伝えたことを、それは良くないねと仰り、そこから更に、先生のお母様のエピソードをお話し下さいました。

「小さい頃に母が私と遊んでくれた時、嫌な顔をしたとか、もういい加減終わろうよというような空気を感じたことがないという話を数年前に私がした時、それを聞いたほとんどの人が、お母さんと遊んでいても、まだやるの? といううんざりした空気を感じていたと言った。お母さんは無理して遊んでくれている、お父さんは無理してどこかへ連れて行ってくれているみたいなことを、子供がずっと肌で感じながら、親に遠慮したり顔色を伺ったりして、あ、そろそろ止めなきゃいけないのかなとか、自分ってお母さんにとってうざい存在なんだと、そういう気持ちが子供の心に幾重にも蓄積されてきているんだってことが、それぞれの話しから明るみに出たことがあったんです。
私は思春期には荒れに荒れたし、最終的に母親と絶縁したくらいだからとても苦しい思いもしたけれど、幼少期に両親が私のことを何よりも優先にして大切に育ててくれたベースがあったからこそ、今の私があるのだと思います」


と話されたあと、先生は私にこう仰いました。

「そういう意味でいうとあなたのアプローチは、『イヤイヤ遊んでくれているお母さん』と一緒なのよ。私が小学生のころ、鉄棒の逆上がりがなかなか出来なかった時に、当時ラーメン屋を営んでいた母が、店を閉めた後の夜8時半とか9時とかに私と一緒に学校まで暗闇のなか歩いていって、誰もいない夜中の校庭で、何度も何度も母が私の足を持ち上げてくれて、ひとりで逆上がりが出来るようになるまで一緒に通ってくれたことがあった。そういう時も母は嫌な顔などしたことはなく、娘と一緒に楽しみながら頑張ってるって感じでした。
うちの母からは、私が一人っ子だったから、とにかく自分が私にとって姉妹やお友達のような存在であるべきだと思って私を育てたという話を何度か聞かされましたね。オセロとかトランプとか、新しいおもちゃを買って来て組み立てるとか、何かを始める時には何でも一緒にやってくれたんだけれど、いつでも私と同じくらい楽しそうだった。
多分そういうときは、母のチャイルド人格が出ていて、私の2歳差くらいの姉妹か同じ年のお友達感覚で、自然とやれていたんだろうね。子育てをするときに、母親として一番大事なことだと思います。
そう思うと今のあなたは、娘と一緒にこの試練を乗り越えようっていうスタンスじゃないよね。付き合ってはあげるけど、ママだって忙しいんだから早く自分でできるようになってよね、っていうスタンス。出来る範囲でやってあげる、でもちょっと今日は勘弁して欲しい、みたいなスタンスなのよ。それを娘は日々、あなたのそういう思いをエネルギーとして浴びている。そういう経験を繰り返しすることによって、子供のハートは純度を落としていくんです」


こうお伝え頂いた私は、先生の幼少期と当時のお母様の姿が目に浮かぶようで、心の底から、「私もそうして欲しかった、とても羨ましい」という気持ちが湧いていてくるのを感じ、自分の幼少期のことを思い出しました。

私の実家は自営業を営んでいたため、母はいつも忙しく働いていました。それが理由にはなりませんが、母と一緒に遊んでもらったという記憶がほとんどありません。母は、おもちゃを買ってくれたり、勉強する環境を整えてはくれました。でも私には、母が一緒に何かをしてくれたというより、自分で遊んでね、一人でお勉強してね、お姉ちゃんと遊んでねと、「自分で」「自分達で出来るよね」と、距離のある場所から、物質的な物だけが与えられていた感覚が、寂しさとともに残っています。私は、自分がされて寂しかったのに、いま娘に同じ事をしてしまっているのだという事に気が付きました。

また、私がうつ病になったことはこちらで何度かお伝えしていますが(→「伊藤先生との出会い」「他人軸から自分軸への転換」)、病気になった私に対する当時の母の対応も、その延長線上でした。体調を崩したきっかけを「仕事のストレス」「食生活の乱れ」「環境や何かのせい」等、核心からそれた事柄に原因を見出そうとする母の姿に、「そうじゃないのに」と、私の心は固まるだけでした。
当時の母なりの精一杯だったのかもしれませんし、病院でお会いする患者さんの親御さんにも同様の反応をする方がいらっしゃいます。しかし私は当時、もっと共に辛さを感じて欲しかったし、気持ちに寄り添って欲しかったし、共に乗り越えようとして欲しかったのだという思いが、年月を超えて湧き出てくるのを感じました。

自分がそうされて寂しかったのに、同じことを娘に向けてしまっている事に気付いた私は、「自分の在り方を改めたい。娘にとって、苦労や困難を共に乗り越えていくような、愛情をもった母親でありたい」と、先生のお話しを伺いながら、強くそう思ったのでした。

次の記事では、先生に示して頂いた具体的な娘への接し方と、その後の私の行動の変化によって娘が学校にスムーズに行けるようになるまでの経過について、お伝えしたいと思います。

佐藤 泉
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娘の登校しぶり・・by 泉

「学校に行きたくない」と言われた時に

こんにちは、泉です。新型コロナウイルスの第二波が騒がれる最中ですが、九州地域等の豪雨被害もありました。ウイルスも異常気象も、私達人間の在り方によって自然界に負担がかかり、バランスを崩した結果だと思います。改めて、ひとりひとりの在り方を見つめ直す必要性を感じています。

前回の記事では、先生がコース生の彩さんにされた子育てのお話しをご紹介しましたが、今回も子育ての話題です。
私は去年の6月に、娘の「登校しぶり」でとても悩みました。その時に伊藤先生にご相談をして教えて頂いたことから現実が大きく動き、10月からはスムーズに登校出来るようになりました。そして4年生になった今では、元気いっぱいに学校に通うことが出来ています。  

   登校

最近の登校場面です。今では遅刻ギリギリに慌てて出かける事が多いです。

私の娘は3年生の春に現在の小学校に転校しました。最初は新しい環境に慣れようと頑張っていて、一見順調でした。でも、6月のある日突然、「学校に行きたくない」と言い出したのです。

その日娘は、夕食を食べる表情が明らかに暗く、ぽつりと「学校に行きたくない」とつぶやきました。私は心配になって根掘り葉掘り理由を聞いたのですが、特に何かのトラブルが起きている様子はありません。話しているうちに、娘の目からは大粒の涙がこぼれ落ち、「分からない、分からない。とにかく学校が嫌だ!」と、わんわん泣き出してしまったのです。
そして娘は、「ママ、心細いから明日から一緒について来て」と言いました。こうして私は翌朝から、娘と一緒に登校することにしたのです。自宅から5分ほどの所に集合場所があり、近所の子達が集まって一列になって登校していますが、私も、しくしく泣く娘と手を繋いで班の列に交じり、歩いて学校まで行く事が日課になりました。
その生活は1か月を超え、2か月となり、徐々に娘は泣かなくなってきて、お友達と喋ったりしながら登校が出来るようになっていきました。でも、私の手をぎゅっと握って離さず、「学校まで一緒に来て欲しい」という訴えは変わりませんでした。

この頃の私は、朝の登校が徐々にしんどくなってきていました。娘はもう泣かないし、下校も普通に帰ってくる。そろそろ大丈夫じゃない? と思うようになっていました。
毎朝、「今日は大丈夫でしょ? 一人で行ってね」と伝えてみたり、一緒に歩きながら「もうこの辺りでママ帰っても良いかな? 仕事に遅れちゃうよ」などと言ってみても、娘は決まって「ダメ!」と言って私の手を放してくれませんでした。
そんな娘の様子に私は、娘を甘やかしてしまっているのでは? 今は親として、毅然と背中を押すべきタイミングなんじゃないか? 一体どうやって娘の背中を押して励ましたら良いのだろう? と悩むようになったのです。

その頃に参加させて頂いたライブセミナーで私は、伊藤先生に娘の状況を説明し、「どうやったら娘の背中を押す事が出来るのでしょうか?」と質問させて頂きました。すると先生は、開口一番、こうお話しされました。

「あなたのその、『今日は一人で行ってね』っていうのは良くないね。そうやって突き放せば突き放すほど長引かせるよ。私だったら、『今日は一人で行ける?』って聞く。『今日は一人で行けそう?』って。このエネルギーの違い、分かる?」

とにかく娘の背中を押すべき、と思っていた私でしたが、先生が仰る言葉と自分の言っていたことのエネルギーが全く違うことに気付いて、食い入るように先生のお話しを聞いていました。
そのあとに先生は、ご自身が過去に職場を変えた際には、決まってストレスによって体調不良になった事をお話し下さり、3か月頃はちょうどストレスが来る時期というイメージがあると仰いました。また先生は、娘の場合、特にトラブルがあるわけではないなら、見守っておけば大丈夫ではないかと思いますよ、とも仰って下さいました。

それを聞きながら私は、精神科の外来でも、環境が変わって2~3か月頃に体調を崩して受診し、適応障害などになっている患者さんが多いことを思い出しました。精神科医という職業柄、そのような状態を良く知っているにも関わらず、娘の様子に動揺したり自分が大変になって来てしまい、娘の状況を客観的に見て、娘の気持ちを想像してあげることが出来なくなっていたのだと気付きました。娘に対する申し訳なさと同時に、ほっと、体の芯が緩むような感覚がしてきました。

続けて先生は、その時の娘に起きていることを、こんなふうに丁寧に紐解いて、説明して下さったのでした。

「本人も、何が辛いのかきっとわかっていないと思うよ。大人でさえも、社会人になって新しい職場、新しい環境になった時に、漠然とうつっぽいとか、眠れないとか、倦怠感みたいな感じしか分からない。カウンセラーによって自分の気持ちをひとつずつ導き出してもらってみて初めて分かる。大人でもそうなのだから、子供であればもっとモヤーッとするはず。
『自分の中で何が起こっているのか』は、理屈。思考で一生懸命紐解いていって、文章にして、ああなるほど、私の中でこんなことが起きているのかってするのは『分析』じゃない?
そういう事は、感情のままに生きている子供には出来ないのよ。でも、子供なりの本能的な順応性はある。人って基本的に誰もが人の中で生きたいものだから。人間っていうのはそういう生き物、一人で生きていくことなどできない生き物なんです。貴方の娘のように感情で生きている正常な子だとしたら、もうあと何か月かすれば自然と新しい環境に馴染んでいくでしょう。
ただ、聞いていて問題だと思うのは、貴方が子供のメンタルが不安定な時期に、そうやって突き放すような言い方をすることで、子供は『自分には味方がいない、誰も分かってくれない』という気持ちになるよね。そういう時は、娘の気が済むところまでとことん付き合ってあげることです」


とお話し頂いたのです。私は、背中を押すつもりが娘を突き放して、そんな気持ちにさせてしまっていたんだ、かえって長引かせるような真逆なことをしていたんだと唖然として、心底納得しました。そして、すぐに腹を括る気持ちになりました。娘自身が「もう大丈夫」となるまで、とことん付き合おうと思ったのです。
先生のお話しをお聞きするまでは、どうやって娘の背中を押そうかと悩んでいたのに、お話しを伺った後には、まったく逆の決心をすることになったのでした。

続けて先生は、親として子供と向き合う時のとても大切なスタンスについてお話しをして下さいました。そこではまた、私自身が全く出来ていないことを痛感する事になったのですが、そのことについては、また次の記事でご紹介したいと思います。

佐藤 泉
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親の役割 VOL.2 ・・ by 泉

子供の人生の“追い風”になる

こんにちは、泉です。
前回の記事(親の役割 VOL.1)では、コース生の彩さんが、子育てのなかで娘さんと自分を同一化してきてしまった自分の在り方について、先生にご相談した事をお伝えました。今日は、そこからさらに先生がお話し下さって、私の心の真ん中に強く響いたことを書いていきたいと思います。

先生は彩さんに、「子供に色々な経験をさせて子供の可能性を引き出してあげたいと、そこで止まっておけばいい。そこにブレーキがきかずに『自分のリベンジのために』 という余計な想いを乗せてしまうから、あなたは過干渉になっているんだよね。そこを自分でコントロールしていくことが、あなた自身が人として親として成長していくことだし、娘の人生が本当に輝く方向に向かうように、背中を押してあげることになる」 と仰って、彩さんは先生をじっと見つめながら、全身でこのお話しを受け止めていました。

続けて先生が、彩さんを諭すように仰ったことは、私自身も親として本当にこう在りたいと心に刻まれるお話しでした。

「親というのは本来、追い風になるべき存在なんですよね。子供の人生の前に立って、誘導しちゃだめなのね。子供が自然と自分の道を歩んでいく『後ろ』にいるべきなのよ。お金を出したり、習い事をさせたりしてそこに可能性という名の道を作ったとしても、どの道を行くかは子供が決めることだから。もちろん、出来ないことが出来るようになるまで、手取り足取り子供に寄り添うことは大事だけれど、ある時点でパッと手を離してやる。子供が自分の意思で方向性を決めた時に、後ろから行っておいでと言ってやれる、その立ち位置を意識しないとね」

親が、子供の追い風になる。この言葉を伺った時、私には衝撃が走りました。
彩さんも他の参加者も、深く聞き入り大きく頷く姿が見られました。

私はこれまで子供にとっての応援団でいたいといつも思って来ましたが、追い風になる、ということは、ただ後ろで温かく見守るだけでなく、子供が道を決めた時にどっしりと後ろに立ち背中を押すという、より強く腹が据わった親のイメージが湧きました。残りの子育て期間はずっと、子供たちの人生の追い風になれる親でありたい、そう思ったのです。
  
  DSC_0392.jpg

こちらは、昨年の小学校の運動会での娘です。

私は、長女が生まれた9年前に伊藤先生から「子供は親の所有物ではなく、預かりものです」と教えて頂いたことを、常に頭の片隅に置きながら子育てをして来ました。
その後、子育てには何度も何度も行き詰まって来ましたが、その度に子供に対して「この子は預かりものなんだ」と思うことで、気持ちがすっと楽になったり肩の力が抜けたりして、とても救われる思いをして来た実感があります。

ですが私の親との関係や、精神科医として患者さんと関わる中では、親が良かれと思っていても、結果的に本人の気持ちを無視する事になっていたり、親の願望や叶わなかった夢を託してレールを敷いてしまう事がとても多いと感じてきました。
本当は、子供には子供の意思があり、好き嫌いがあり、向き不向きもあり、人生の選択肢があること、親の立ち位置は「後ろ」であることを、忘れてはいけないのだと思います。

「子供を預かりものとして育てる」こと、「子供の人生の追い風になる」こと。先生が教えて下さる親の在り方を思うと、私はあまりに未熟です。でも、一ミリずつでもそんな姿に近付けるように、これからも学びを続けていこうと思っています。

このように伊藤先生は、親子関係や子育てに関して、様々な角度から本当にたくさんの事をご指導下さいます。私自身が、壁にぶつかった時にご指導を頂きながら乗り越えてきたエピソードも交えて、今後もこちらで紹介させて頂きたいと思っています。

佐藤 泉
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