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衝撃の初セッション vol 1 ・・by 泉

葛藤の沼の中で

こんにちは、泉です。
今年のGWは、皆さん例年とは違った時間を過ごされたかと思います。
新型コロナウイルスの影響で、我が家も多くの時間を自宅で過ごしました。
小学4年生になる私の娘は「早く学校に行って友達に会いたい」と言っており、親としても本当に、日常生活が早く戻ることを願うばかりです。

私自身、コロナウイルスによる状況の変化に反応し、不安やネガティブな思考などカルマ的要素が炙り出されることも多々ありますが、先生とお話をさせて頂く中で軸を取り戻す事が出来ています。
また14年間学んで来たからこそ、このような未経験の状況に対してもひどく翻弄されずにいられるのだと感じています。

今日は、先日の「伊藤先生との出会い」の記事の続きとして、私が伊藤先生の初セッションに伺った時の事をお伝えしたいと思います(現在伊藤先生は、ホームページにありますように、新規の方の個人セッションは基本的に受け付けていらっしゃいません)。

2006年9月2日、私は初めて当時のリラ・アカデミーを訪れました。
緊張しながらインターホンを押し、素敵なセッションルームに通され、アシスタントの方が出してくれた飲み物を頂いて少し緊張がほぐれた頃、ロングドレスを身にまとった伊藤先生がいらっしゃり正面のソファに座られました。

先生の第一印象は、とにかくエネルギーが圧倒的で「こんな方に、私は今まで出会ったことがない」というものでした。
またセッションが始まると、私のそれまでの人生の価値観が根底からひっくり返される様なお話を次々として下さり、全てに説得力があって頭がパカーンパカーンと割れるような感覚がして、それはまるで未知の扉がどんどん開かれていくかのような、経験したことのない時間でした。
最初はとても緊張していましたが、先生が自然体でオープンに接して下さったため私も自然と心が開いていき、当時抱えている悩みについて先生にお伝えしていました。

27歳当時の私は頭でっかちであれこれ考え過ぎていて、やたらと自分の中での禁止事項が多く葛藤の塊のような状態で、また大きな悩みを抱えており、とても抑うつ的でした。悩みは大きく2つありました。
1つは先日の記事にも書いた、うつ病を経験した精神科医としての仕事上のことです。
またもう1つは、当時60歳の若さにも関わらず父親が大腸癌の末期で抗がん剤による闘病中であり、死期が近付いていたことでした。

父の死ということだけでも受け止め難いのに、私の両親は当時、父の知人の息子さんとのお見合い話を私に勧めて来ていました。
「結婚して俺を安心させてくれ」と懇願する父を安心させてあげたい気持ちは確かにありましたが、父が死んだ後も自分の人生を生きていくのだと思うと、そう簡単な話ではありませんでした。
父親の死期が迫る中、初めて知り合う人と結婚話と言われても到底無理があり、どうしても話を進める気持ちにはなれませんでした。当時の私は、父親の人生の最期と向き合うことに一番心を向けたかったのです。
相手の方はとても紳士的な方でしたが、「ここで親が望むからと結婚をしたら自分の人生ではなくなってしまう」という事だけは、私は感覚的に理解していました。

そのような悩みを抱えた私の心の中はぐちゃぐちゃで、毎日が首まで葛藤の沼に浸かっているような状態でした。
また父という存在を亡くすことが不安で仕方がなく、誰かにすがっていたいし甘えたい、依存したいという気持ちが強く出てしまい、毎日誰かに話を聞いてもらうような状態でとても不安定だったのです。

そんな時期に私は、伊藤先生にお会いすることが出来ました。
先生との出会いによって、私は本当の意味で自分の足で立って生きるスタートラインに立たせて頂いたのだと、14年前を振り返って思います。
まさに、藁をもすがる思いでたどり着いた初セッションだったのです。

そして、その日のセッションがあまりにも衝撃的で、当時のメモが今も残っているのですが、帰宅した私は感想をルーズリーフ3枚に渡って走り書きをしていました。
また翌日も興奮が冷めやらず、ルーズリーフに今度は10枚も気持ちを書き綴ったのです。次の記事では、先生が初セッションで私にどのようなお話をして下さったのかをご紹介させて頂きたいと思っています。

佐藤 泉
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