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霊的探求お笑い道・・by 宮地

えっ、これでいいの?

みなさん、こんにちは。リーダー養成コース生の宮地文也です。
こうして記事を書かせていただくのは数年ぶりで、とっくにお忘れの方もいると思いますが、実はまだ頑張っています。

私が伊藤先生のもとを訪れたのは、精神科医としてトラウマに苦しむ患者さんとの関わりに悩む中で、精神世界に何かヒントがあるのではないかと感じていた時期でした。先生のご著書を読み、人格統合というメソッドに出会い、ぜひ直接教えを受けたいと、当時のリラ・アカデミーの門を叩いたのです。

そうして学び始めてから7年目になりますが、卑下や自責のパターンが強く、カルマ清算をするうえで炙り出される自分の実態を受け止められずに、低空飛行を続けてきました。気が付けば、うだつの上がらないコース生の代名詞のような存在となってしまっていました。

そんな私が、今、変化しているみたいなのです。それは、決してカッコいい変化ではないのですが‥。

きっかけはノアブログの記事で紹介してもらった、今年の3月の出来事からでした。あの時私は、先生の役に立ちたいとの思いと、でも、何をどうしたらいいか分からない自分の情けなさが極まり、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、訴えました。
そうすると、先生を始め、その場にいたみんなが笑い出すのです。真剣に胸の内の切実な思いを伝えているのに、みんなは腹を抱えて笑っている。あまりに意外すぎる展開でしたが、この時から、私のなかの何かが開花してしまったようなのです。

先日の『人格統合強化セミナー』でも、こんなことがありました。私はセミナーのテーマが、『四畳半一間からの脱出!』だと知ったときに、「自分は四畳半一間どころか、ゴザ一枚みたいなところでぶつぶつ独り言を言っているか、せいぜい対面で話しているような状態」だと、自分でも情けないと思いながらも、コース生同士がやりとりをするコミュニティブログに書き込みました。
すると、セミナーが始まって早々に、認定コンサルタントの依田さんをはじめ、みんなから「ゴザってなんだよ!」「ひとり一人そこに呼んで話してんのかよ!」と総ツッコミを受けてしまい、先生も私の人格がいる世界のあまりの狭さに驚かれ、やはり爆笑の渦になってしまったのです。

その後の、人格にズームしていくワークでも、人格の姿がどう見ても『子泣きじじい』のような男だったり、他の人格にズームすると、黒づくめの男たちに追いかけられるシリアスな場面だったはずなのに、急にその男たちがコメディ映画の『ブルースブラザーズ』のように陽気に歌って踊り出し、何故かいいヤツになってしまったりということがありました。
そんなヴィジョンを見た私は、皆の重くてドロドロした人格統合と違うことに戸惑ってしまい、先生に質問をすると、先生は笑われながらもこう話されました。

「お笑いの種が開花しちゃったみたいだね。でも、お笑いって偉大で、ユーモアをもって人生を笑い飛ばすことができるのも一種の悟りの境地。笑いのツボにはまった瞬間、それまでのドロドロした世界は何だったんだと一瞬で変容が起こったりする。一流のお笑い芸人たちは、ポジティブ逃避しているようには決して見えない。ネガティブな感情も過去の苦労もそのすべてを受け入れたうえでなければ、笑いにも深みは出ない。あなたはお笑いに生きる魂なんじゃないの? あなたと私のプロセスは違っていい。覚醒や統合へのプロセスは、100人いたら100通りあってよくて、一人ぐらいお笑い路線がいたっていい。ノージャッジでやってごらんなさい」

私は、「えっ、これでいいの?」と一瞬、狐につままれたような気持ちになりましたが、先生や皆が大爆笑している姿を見て、「これでもいいんだ…」と全身の力が抜けてホッとしたのです。

隠さず心の内をありのままに話すことで、みんなが笑い出す。7年目にして自分こんななのかと、さらに情けなくもなります。でも、その情けない自分をみんなに笑ってもらえる。ありのままで受け入れられているんだっていう、その場のなんともいえない温かい空気に包まれ、それまでにない安心感がありました。
「ちゃんとしなきゃ」とがんじがらめで窮屈になっていたハートが、ほわんと緩んで、50歳を目前にして、赤ちゃんに生まれ直したような気分です。

自分なりに、あるがままを表現して、みんなが思わず笑ってしまう。そんな霊的探求のお笑い路線を、これからもノージャッジで進んでいこうと思います。


宮地文也
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