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肝っ玉母さんを目指して・・by 宮地

闇に馴染む

こんにちは。リーダー養成コース生の宮地文也です。
私のなかの女性性人格「ぶん子」は、昨年の3daysセミナーで伊藤先生に見出していただき、「ぶん子先生、診察室で大活躍!」にもあるように、仕事でも大きな変化をもたらしてくれたのですが、今回お伝えするのは、ぶん子のその後と、さらにもう一人の女性性の人格「あん子」についてです。

「ぶん子」は、実はまだ正式には特定されていない人格だったので、人格をはっきりと明確にするために、3月のグループセッションで先生に特定をお願いしました。

まず、先生から幼少期の頃について聞かれ、「ぶん子」は、母親の両足の甲に乗ってペンギンごっこをしたり、晩酌する父親の膝の上に座って「ちょっぺの子(方言で「愛しい子」の意)」と可愛がられたりしたことを思い出しました。そう話しながら、自分は両親に愛されていたんだとの実感がだんだんと蘇ってきて、温かい気持ちでいっぱいになりました。

ところが、父親から母親へのDVについて聞かれると、そういう事実があったと記憶はあるものの感情が伴わず、どう感じていたのか全く答えられませんでした。また、精神科医という仕事について聞かれたときも、精神科を訪れる方々が抱える苦悩の大きさや、時には自死に至るケースもある現実などには全く触れず、一部の患者さんの症状が改善して社会復帰していくことに対してのみ、「ぶん子」は喜びを感じ、「患者さんがよくなっていく姿を見て楽しい」と表現しました。

先生は「私だったら、人が社会生活もままならなくなっている姿を前にして、『楽しい』という言葉は絶対に出てこない。ぶん子は、人の闇の側面を徹底的に避けたいんだね」と仰いました。

「ぶん子」はそれまで自分のことを、明るくてイケてる女性だ、と思っていたので、闇を回避しているという自分の実態を知りとてもショックでした。人として大事な部分がすっぽり抜け落ちていることを、認めたくない気持ちもありました。しかし「ぶん子」は、闇という言葉を口から発することすら抵抗があることに気づき、自分がまるで、闇の周波数に合わすことができない壊れたラジオのように感じ、まさに「闇回避人格」であると納得しました。

実は、「ぶん子」特定の2週間前に行われたライブセミナーで、私は、もう一人の女性性人格「あん子」を特定していただいていました。「あん子」は、自分は無力だというカルマ的な思い込みがあるものの、おっとりとして素直な人格です。男性である私のなかに、女性性の人格が二人もいるのかととても驚きましたが、さらに驚いたのは、「ぶん子」はそのとき、特定された「あん子」に対して嫉妬心を感じていたのです。料理や手芸が好きで、チャイルド人格たちも実は「ぶん子」ではなく「あん子」に懐いていることから、私のなかの女性性のいいところを、すべて持っていかれたかのように「ぶん子」は思って、嫉妬したのでした。

そのことを先生にお伝えすると、先生は、「あん子」のほうが闇に免疫があるから、チャイルド人格も懐くのではないかと仰いました。それを聞いた私は、「あん子」が、親のDVや、苦しい大学受験、研修医時代の辛さを味わってきて、彼女なりに人生の闇と向き合ってきたことを思い返しました。
一方、「ぶん子」は、そういった重い感情を無意識のうちに避けてきてしまったのです。それでは私のなかのチャイルド人格たちも、心を許すはずがありません。「ぶん子」は、「あん子」との違いと、心のなかのネガティブな側面を見ずに避けてきたことを、あらためて自覚しました。すると、ぶん子のなかから、あん子に対してのリスペクトが自然と湧いてきて、じわっと心の奥が温かくなりました。そして、そのときはじめて、二人が互いを認め合えるように感じられたのでした。

そこから、「ぶん子はどうなりたい?」と先生に問われて出てきたのは、「肝っ玉母さん」という答えでした。明るいだけでなく、どっしりとして滅多なことでは動じず、みんなの悩みや苦しさも丸ごと受け止めるような、そんな存在になりたいとぶん子は思ったのです。そのためには、「闇に徹底的にフォーカスをして、闇に馴染んでいくこと」だと、先生は教えてくださいました。

いま「ぶん子」は、日々の診察のなかで、その実践を始めたところです。これまでは、患者さんが抱える苦悩の大きさに怯むような気持ちがありましたが、しっかりと地に足を着けて対峙しようと意識するようになったことで、僅かではあっても確実な変化を感じています。今後、女性性人格同士の協力体制も確立させて、患者さんとともに闇に向かい、少しでも改善する方向を目指して歩んでいきたいと思っています。


宮地 文也
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