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思いを言葉に・・by 宮地

コミュ障克服への手がかり

みなさん、こんにちは。宮地文也です。
肝っ玉母さんを目指して」の記事にあるように、私は、自分のなかの女性性人格が活性化してから、精神科医としてこれまで以上に、患者さんのどんな悩みや苦しみも丸ごと受け止め、ともに歩んでいけるような存在になりたいと、日々真摯に診療にあたっています。そんななか、新たに大きな問題が明らかになりました。実は私は、思っていた以上にひどいコミュ障(コミュニケーション障害)だったのです。

私は、患者さんが抱えている悩みを聞くと、何とかして力になりたいと心から思い、診療しているのですが、自分の内側から湧き出る患者さんに伝えたい思いを、どう言葉にすればいいか分からず、戸惑うことが度々ありました。そして、少しでも参考になればと私自身の経験を話し出すと、今度はなかなか止まらなくなってしまうのです。そんなときは決まって、患者さんはポカンとあっけに取られたような顔になり、私は、伝えたいことが何も伝わっていないことに気づいて、悶々とするのです。

私のなかの女性性人格が出るようになってから、患者さんへの接し方が随分と柔らかく変化し、話しやすくなった一方で、このように患者さんをポカンとさせてしまうことが多いのは、診察中に前面に立っているのが「星野」という男性性の人格だからです。以前、このことを先生にご相談させていただいたとき、患者さんを置いてきぼりにして話すこの人格の様子が、夜空を流れて消えていくシューティングスターのようだと喩えられ、それがそのまま、人格の名前「星野」の由来になっています。

そしてその「星野」が、自分でも想定外のコミュ障だったのです。「星野」は、話す内容がある程度決まっている場面ではまだいいのですが、それ以外のときはアドリブがきかずに言葉が出づらくなり、内側から湧き出てくる思いの10分の1も話せなくなることがわかってきました。4月のグループセッションでは、先生に「星野」が思っていることを聞かれて、話そうとしても「あの‥えっと‥、それは‥だから‥」という具合で、それはもうあきれるくらい、ほとんど片言しか話せず、聞いている仲間が失笑してしまうほどでした。私は「星野」が実はこんなに酷いコミュ障だったのだと知って愕然とすると同時に、これまでの人生を振り返って、妙に納得もしました。

しかし、これでは、患者さんのことをいくら真剣に考え、患者さんが少しでもよくなる方向へと心から思って診療しても、それをほとんど伝えられないのですから意味がありません。
先生は、そんな「星野」に、まず仕事で感じたことをブログで、日記のように書くことから始めることを提案くださいました。その後、ブログで表現のトレーニングを進めていき、思いを言葉にする感覚もつかめてきたのですが、日記を書いているだけでは、どうしても自分の世界にこもりがちなことを感じ、5月のライブセミナーであらためて先生に相談させていただきました。

先生は、「日記だから当然こもった世界になる。今度は、人に伝えたいことを手紙のように書いてごらん。周囲の人たちや患者さんに対して、コミュ障でその場では言えなかったけど、時間が経ってみたらこういうことが伝えたかったんだということを書いてみては?」と仰いました。

また、私と同じように、表現について相談したコース生のさやかさんに対して、先生はこう話されました。「人が人である所以は、内にあるものを表現するからなのです。人として生きるということは、自分を表現しながら生きるということ。表現することでエネルギーが循環する。だから内観だけしていてもダメ。内側で循環させても、それは活性炭が入っていないろ過器のようなもので、汚れた水が延々内側で回っているのと同じ。人と人とが関わってこそエネルギーは循環し、エネルギーが上昇したりクリアになったりする。感じたことを表現する。それを他者と伝え合い、分かち合う。それが人として生きるということです」

それを聞いて私は、頭でっかちでこもっていたマイワールドの壁が、すーっとなくなっていくように感じました。今まで、患者さんや家族、仲間など、人に対して強い思いがあっても、それを伝えられずに悶々としていた気持ちを、なんとか言葉に変換してもっと表現したい、伝えることでエネルギーを循環させたい、心からそう思ったのです。

それからというもの、「星野」は、ブログに日記として自分のなかで感じたことを記すだけではなく、日々、伝えたいことを伝えたい人にむけて書くことを意識しています。コミュ障の「星野」にとって、相手に思うように伝えられないことで感じてきたフラストレーションから脱するための出口が、やっと見つかったような感覚です。
ですが、自分の思いそのままを言葉にすることは、まだまだスムースにはいきません。先生には数年がかりになるだろうとも言われています。しかし決してあきらめることなく、言葉に紡ぎ出すことを続けていきたいと思っています。


宮地 文也
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